16.映画監督/山本起也氏(1)

2012年12月10日12:00
今月の物語の主人公は・・・
映画監督 ・ 山本起也(たつや) さん

16.映画監督/山本起也氏(1)


映画『ツヒノスミカ』で知られる山本起也監督の最新作は、『カミハテ商店』。タイトルの「カミハテ商店」とは、自殺の名所である断崖絶壁の近くに建つ古い商店。この映画は、孤独を抱えながらその古い商店を営み、自殺者を見届けてきた初老の女性の再生の物語である。
静岡市出身の山本監督に、この映画に込めた思いを聞いた。

◆プロフィール 山本起也(やまもと たつや)さん
 静岡市出身。広告映像の演出を経てドキュメンタリー映画制作を開始。無名の4回戦ボクサーを6年にわたり追った処女作『ジム』(03)で劇場デビュー。日本映画監督協会70周年記念映画『映画監督って何だ!』(06/監督・伊藤俊也)を高橋伴明、林海象と共同プロデュース。90歳になる祖母の「長年住んだ家の取り壊し」を題材とした監督作品『ツヒノスミカ』(06)でスペインの映画祭「PUNTO DE VISTA」ジャン・ヴィゴ賞を受賞。

 『カミハテ商店』 
 ・公式サイト  http://www.kitashira.com
 ・上   映  1月5日(土)より、静岡シネ・ギャラリー(HPはこちら)にて
 ・撮   影  森島吉直
(このインタビューは、2012年12月1日に静岡シネ・ギャラリーにて行われました)

16.映画監督/山本起也氏(1)
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|崖の向こうの、怖さと素敵さと

―今日は、よろしくお願いします。映画『カミハテ商店』は既に東京では上映されていますね。これまでの観客の反応は、いかがですか?

山本/この映画は好きか嫌いか、好みがはっきりと分かれるようですね。テーマがテーマだけに、すぐに反応が返ってくるような映画ではないと思っています。監督としては、ご覧になった方が気に入ってくれたのか嫌いなのか、もっと聞いてみたいんですけど・・・、でも強要するわけにもいかないですよね。

16.映画監督/山本起也氏(1)


―映画の構想は、山本監督が教えている京都造形芸術大学の映画学科の学生が書かれたショートストーリーをもとにしているそうですね。学生の書いた企画の中でいちばん気になったのが「カミハテ商店」だったと。何が、山本監督の琴線に触れたのでしょう?

山本/人が飛び降りてしまう崖の向こう側を怖いと思う一方で、ちょっと素敵な気がしてしまう、そんな気持ちがぼくの中にあるんです。向こう側は怖い。でも覗いてみたい。そんな揺れる気持ちを表現する物話というところに惹かれました。
 もうひとつは、崖の向こう側に行く人を止めようとしない主人公・千代さんの奇妙さですね。千代さんは、向こう側に行ってしまった人の靴を回収している。そんなつかみどころのない人に会ってみたいなという気持ちになったんです。もちろん映画ですから、最後は何か希望みたいなものにたどりつきたい。だとしたら、いったいこの主人公はどういう道をたどって、ささやかながらも希望をもてるようになるのだろう、と。その過程を一緒に歩いてみたいと思ったわけです。

|観客ひとりひとりが、自分の答えを探すきっかけになれば

―主人公の千代さんは、自殺を止めるでもなく嘆くでもなく、あるがままに見送ります。監督の中にもこのような気持ちに共感する部分があるのでしょうか?

山本/もし、自分の目の前にそのような方がいたら、当然ぼくも止めると思います。けど、死にたいという人に「なんで死んじゃいけないのか」という言葉を投げかけられた時、その問いに明確に答えられる人がどれだけいるのだろうかとも思いました。ぼく自身、感覚的には「死んじゃいけない」とわかっているつもりでしたが、実はその明確な答えや理由を持っていなかったことに気づかされたんです。

16.映画監督/山本起也氏(1)
高橋恵子さん演じる主人公・千代

―確かに、みんなわかっているつもりでいても、きっと答えられないんじゃないかと。

山本/ですから、映画をご覧になった一人ひとりのお客さまが自分の答えを探すきっかけになる映画にしたい、そんな思いもありました。

―なかなか難しいテーマですね。

山本/そもそもぼく自身が、何の迷いもなく「生きてることの方が絶対にいいぜ」とは思ってないし、実際に迷いのない人生なんてない。死にたいとまでは思わなくても、やむにやまれぬことはあるわけで。どうすることもできないことってありますよね。それでも「死ぬな!」と言い切れるようになるには、それなりの過程が必要なはず。この映画の中で、千代さんがそう言い切れるようになるまでの過程を描いてみたかった。

|身近で意外な存在が、自分に何かを気づかせてくれる

―この、千代という老女に強く魅かれたそうですね。

山本/最初、学生の書いたストーリーは、自殺者の側から教えられる話だったんです。自殺を止めずに誰かが死んでしまった。その人の遺族が来て「なんで止めてくれなかったのよ」と千代さんに迫る。それに千代さんが揺さぶられる、というような。でもぼくは、そんなことでは千代さんの心は変わらないだろう、と思ったんです。
 少なくとも自殺者から教えられる話ではなくて、千代さんにとってもっと意外な存在から「どうしてわたしはこんな気持ちになっちゃったんだろう?」と気づかされるのではないかと。特別な存在ではなく、もっと日常の中に潜んでいる当たり前だけど気づいていない存在から教えられるんじゃないかと。そう思えたのは撮影が間近に迫ってからでした。それまでは、千代さんの心が変わっていく理由がずっとわからなかった。

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―そこに気づいたきっかけは何ですか?

山本/トルストイの短編『神あるところに愛あり』というお話を読んだ時ですね。奥さんが亡くなって嘆き悲しむ靴屋のマルティンの前にある日キリストが現れて「今日、あなたのところに行きますからね」と言って消えてしまう。マルティンは「今日、キリストがわたしのところに来てくれる。もしかしたら啓示を与えてくれるかもしれない」と期待するわけです。しかし、その日に限って来るのは、かっぱらいの貧乏な少年だったり、その少年をつかまえてしかりつける老婆だったり、会いたくない人ばかり。夜になって現れたキリストにマルティンが「今日、来てくれなかったですね」と問いかけるとキリストは「行きましたよ、しかも何度も何度も」と答えるというお話です。
 あぁ、そういうことなんだ、と。つまり、世の中の歪みの部分、人間が生きていく中での不条理だったり矛盾するところにいる、苦しんだり、蔑まれたり、弱い存在こそが、自分に何か気づきを与えてくれる存在かもしれない、そう思ったんです。

―映画の中に、まさにそのような登場人物がいますね。

山本/この話は、高橋恵子さんが演じる千代さんのお店に、自殺という重い荷物を誰かが勝手に置きにくるというお話ともいえます。実は、重い荷物を人に預けたいのは千代さんの方なんですね。他人に重い荷物を預けられてしまう千代さんにしてみれば「預けたいのはわたしの方なのよ」と。でもその荷物を誰かに預けることもできず、だからといって死ぬ事もできず。
 千代さんは、死にたいのは私の方なのよと思いながら、いっぽう歯から血が出ただけでオロオロしてしまう人間の愚かさも持っている。八方ふさがりで、どっちにも行けない主人公が、自分の身近にいながらまったくノーマークだった存在に「はっ」と気づかされて、あちら側に「行ったらいけん」と叫んでしまう。その言葉は千代さんが自分に言ってほしかった言葉でもあるんじゃないかと思うんです。その言葉が思わず自分の口から飛び出した時に、千代さんは何かに気づいたんだと思います。

―ここから先はネタバレになってしまうので、山本監督の言葉を思い出しながらぜひ映画をご覧いただきたいですね。

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Posted by eしずおかコラム at 2012年12月10日12:00 | 16.山本起也さん
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