今月の物語の主人公は・・・
演出家 SPAC- 静岡県舞台芸術センター芸術総監督 宮城 聰(みやぎ・さとし) さん
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡辺守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年ク・ナウカ旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出は国内外から高い評価を得ている。
07年4月SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を鋭く切り取った作品を次々と招聘、また、静岡の青少年に向けた新たな事業を展開し、「世界を見る窓」としての劇場づくりに力を注いでいる。代表作に『王女メデイア』『マハーバーラタ』『ペール・ギュント』など。04年第3回朝日舞台芸術賞受賞。05年第2回アサヒビール芸術賞受賞。
◆SPAC公式ウェブサイト
http://www.spac.or.jp
※宮城聰さんへのインタビューは6回に分けて公開します。この記事は全6回中の第3回です。 ≫第1回を読む ≫第2回を読む
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|街や日常で、演劇を身近に感じてもらえる取り組みを
―宮城さんは芸術総監督に就任したばかりの頃、「静岡では、演劇は想像以上に高級な芸術と見られていた」と発言していました。就任後、変化はありましたか。
宮城/静岡に来てからのぼくの仕事のほとんどは、演劇に対する県民の先入観を解きほぐすことだったといっても過言ではありません。いまでも、演劇は予備知識がないと楽しめない高尚なもの、という印象を持っている方が多いんじゃないでしょうか。就任当初は、看板を掛け替えさえすれば演劇に対する敷居は低くなるだろうと思っていました。でも、一度心の中に形成された先入観は容易には揺らがないですね。自分の考えの甘さを思い知らされました。
―状況を改善するために、どんなことに取り組んだのですか。
宮城/いつも考えているのは、どうすればひとりでも多くの人が劇場に足を運んでくれるか、ということです。「SPACはこんなに素晴らしい演劇をやっています」というアピールだけでは、これまでと少しも変わらない。そこで、県民が演劇に触れるチャンネルを増やすことに重点を置きました。
―チャンネルとは、具体的にどんな?
宮城/俳優が街に出て路上パフォーマンスをしたり、「大道芸ワールドカップin静岡」などの地域イベント会場で演じたり、大学の授業にスタッフや俳優を派遣したり、ワークショップを開いたりするなど、さまざまな場所に出かけています。
―劇場の中で待っていても来ないのなら、こちらから街に飛びだそうと。
宮城/「SPACリーディング・カフェ」や「おはなし劇場」といったイベントにも継続して取り組んでいます。「SPACリーディング・カフェ」は、街のカフェを会場にして開催しているもの。10名ほどの参加者に役を割り振って、上演台本の読み合わせをするものです。例えば「今日はロミオとジュリエットをやります、あなたはジュリエット役、わたしはロミオ役になってセリフを読んでみましょう」と。
―楽しそうですが、ちょっと照れますね。
宮城/ほとんどの人は初めての体験ですから、恥ずかしがりますよ。本では読んだことがあるし、意味も知っているけど、日常生活では一生使わないような言葉を口にするわけですから。でも、実際に人前で声に出してみると、新鮮に感じるんです。
|「演じる」ことは本能であり、誰にでも経験があるはずなんです
―参加者の反応はいかがですか。
宮城/以前リーディング・カフェに参加した方が、こんなことを言っていました。「風という言葉はもちろん知っています。でも、これまでの自分の人生の中で“風よ吹け”と声に出したことはなかった」と。これはシェイクスピアの「リア王」の中のセリフです。たしかに、ふつうの生活の中で「風よ吹け」などとは言わないですよね。でも、役になりきって、自分の感覚にない言葉、すれ違ってきた言葉を発することは、非日常的な体験でありとても新鮮なんです。恥ずかしいと感じながらも、多くの人が読み合わせにのめり込みます。
―快感になってしまう。その気持ちは、わかる気がします(笑)。
宮城/演じること自体は、人間の本能のひとつなんです。演技したことのない人はいない。子どものころの記憶を掘り起こしてみれば、いつかどこかで演技している自分に思い当たるはずです。たとえば、親から期待される振る舞いをしていたとか。教えられなくても、誰もが無意識のうちに演じている。リーディング・カフェに参加して、役柄になりきってセリフを口にすることで、久しぶりにその感覚を取り戻しているのだと思います。
―体験してみると、演劇の見方や楽しみ方も変わるかもしれないですね。「SPACリーディング・カフェ」は頻繁に開催しているのですか。
宮城/これまでに250回近くやっていると思います。リーディング・カフェは、俳優と制作スタッフが一人ずついれば開催できるので、行ける場所であれば、できるだけ足を運ぶようにしています。
―なるほど。ほかに、大人だけでなく乳幼児向けにも演劇に触れる場を作っているそうですね。
宮城/「おはなし劇場」ですね。乳幼児がいてなかなか劇場に来られない親御さんが集まっている場所にSPACの俳優を二人組で派遣し、一人は楽器の生演奏を、もう一人が楽器の音色に合わせて童話などを語る朗読会です。短い物語が中心ですが、俳優の声と音楽でつくる物語の世界を通して、ふだんとは質の異なる言葉の力に触れてもらう機会としてとらえています。
―プロの俳優の話芸を、目の前で聞けるのですね。子どもたちの喜ぶ顔が想像できそうです。
宮城/そのほかにも最近では、富士山静岡空港に完成した石雲院展望デッキのオープン記念として、野外パフォーマンス『古事記!! エピソード1』を上演しました。劇場から飛び出した野外パフォーマンスは、上演する度に新鮮な出会いがあります。
―富士山静岡空港の展望デッキというのは、ロケーションとしてもおもしろそう。それに、野外パフォーマンスは、劇場とは違った迫力がありますね。観客との距離が近いところもいい。これはどれくらい開催しているのですか。
宮城/年に10回ほどです。今後は野外パフォーマンスをもっと増やしていきたい。ただ、俳優やスタッフを含めて二十人ものメンバーが出かけていかなくてはならないので、コストがかかります。正直、気軽に実現できるわけではないですね。チャンネルを増やすためにやりたいことは無限にあるのですが、スタッフも予算も時間も限りがある中で、実現できていることはまだまだほんの一部です。
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【お知らせ】
(1)eしずおか内に「SPAC - 静岡県舞台芸術センター」の専用ブログができました!
SPACのスタッフが、公演情報等をアップしています。ぜひご覧ください。
▼SPACブログ
(2)2013年6月1日から6月30日まで開催される「ふじのくにせかい演劇祭」。
インタビューの合間に、宮城さんに見どころを話していただきました!
宮城 「今回ぼくは、ジャン・ルノワールの名作映画に着想を得た『黄金の馬車』という作品を演出します。劇中劇に古事記を取り上げています。室町時代、土佐に旅役者の一座が流れて来て、劇団はその土佐の国司の前で古事記をやることになります。そして国司と女優が親しくなり、政治が混乱してしまうという、老若男女、誰でも楽しめる作品です。
もうひとつは、ドイツをはじめヨーロッパで大ヒットしたヘルベルト・フリッチュの『脱線!スパニッシュ・フライ』。これはドイツの名優たちによる、体当たりのナンセンスコメディーです。ドイツ演劇というと難しいイメージがありますが、それと真逆をやって大ヒットしました。これまで日本では紹介されていない、注目の作品です。
最後に、清水港のマリンパークイベント広場で上演される『夢の道化師~水上のイリュージョン』と『ベトナム水上人形劇』もおすすめです。無料の野外公演です。今ヨーロッパで最も注目されている野外パフォーマンスカンパニーと、ベトナムを代表するハノイの水上人形劇団。どちらも、壮大で詩的な水上パフォーマンス。それにベトナム水上人形劇では、三保の松原にちなむ『羽衣』という新作も世界初演されます。この機会に、ぜひご覧ください」
▼ふじのくにせかい演劇祭 公式サイト
http://www.spac.or.jp/fuji2013_index.html