14.アートコーディネーター/河村恵理氏(3)

2012年10月22日12:00
今月の物語の主人公は・・・河 村 恵 理 さん

 第3回インタビュー・ノートの主人公は、静岡県出身で現在はドイツ・ベルリンで日本のアートやアーティスト、文化をドイツに紹介するお仕事をされている河村恵理さんです。

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※このインタビューは、全3回のうちの3回目です。 (1)を読む(2)を読む
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|妄想と観察による、必死のドイツ語習得

―ドイツ滞在中、どんな転機がありましたか?

河村/それはもういろいろありました! 一番大きいのはドイツ語を改めて勉強したことです。当初はとにかく言葉の意味がわからない。小学生程度の伝達能力と理解能力しかないので、意識は大人なのに子どもに戻ったような感覚でした。
この経験は本当に面白かったです。通っていた語学学校でも、まるで小学生が集まっているみたいでした。先生が抜き打ちで「テストです」と言うと、「えー、テストかよ~!」と、子どもみたいな反応になってしまう。大の大人の集まりなのに(笑)
その一方で、言葉の意味や状況がわからない中で、何かを理解あるいは察知し、コミュニケーションをとろうとする感覚が磨かれました。言葉は出てこないので、「お願い、わかって!」という具合にじっと相手を見て、テレパシーのようになってしまうことも。見つめられた相手はさぞ怖かったでしょうね。何せすごい形相で訴えているわけですから。

―ドイツ語を学ぶ中で、一番大きな変化は何でした?

河村/想像力が高まったことです。まったくわからない言葉の中で生活するので、今、目の前で話している人が怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのか、感情の起伏を読み取る必要がありました。ちょっとしたジェスチャーや目線、しぐさなどを観察して、この人物が何を考えているのかを想像するんです。私の想像が当たっているかどうかは別ですが。時には妄想に走ってしまうことも。わたしの観察癖はこの頃に強化されたのかもしれませんね。一方で、日本にいなかったことで、私の中で何かが失われたとも思っています。
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Murata&friendsギャラリーにて 撮影/西辻奈緒 2001

―言葉が伝わらない分、想像力や妄想力が高まったというお話には納得です。
実際、ドイツ語の習得にはどれくらいの時間がかかったのですか。


河村/壁を越えたかな、と思えるまでに8年ぐらいかかりました。と言っても通訳レベルではなく、困る事があれば自分で話しかける人を見つけたり、交渉したりして困難を自分で解決できるという自信がついたというレベルです。私は英語が得意でなく、そのことに負い目がありました。英語もできずに他の外国語の習得ができるのだろうかと。そのため、英語ができないからこそドイツ語を乗り越えたら英語も好きになるのではないかという2重の壁を自分で作っていたような気がしますね。
ちなみに、ベルリンの壁って1枚の壁がずっと市内を取り囲んでいたのではなくて、壁が2重になっていた所があったんですよ。1枚の壁があって、壁地帯というものがあって、さらに西側に接している壁があって。今の私は、壁を1枚越えたと思ったらもう1枚壁があった、という状況ですかね。英語は本当に苦労しています。

|静岡の人は、ドイツ暮らしに向いている!?

―ところで、平均的なドイツ人というのはどんなイメージですか?

河村/北ドイツと南ドイツでは雲泥の差があります。国民のほとんどがキリスト教徒なのですが、北はプロテスタントが多く、南はカトリックが多い。宗教の違いで、性格にも違いが出ると思います。北はやせていて背が高く、節約を重視するイメージ。老若男女みな平等という考え方。反対に、南は太っ腹で大らか、経済的に豊かで余裕がある。ただし、男女差や階級の違いがあるというイメージです。

―河村さんが暮らしているベルリンの人は、「北」の人物像に当てはまりますか?

河村/そうですね。ベルリン人の特徴を挙げると、生意気で、サービスという言葉を知らない点でしょうか。ブラックユーモアを好むのもベルリン人気質です。私もベルリン人っぽくなりましたねぇ。

―日本を離れてみて、河村さんから日本人や静岡人はどのように見えていますか?

河村/日本人はもっと誇りを持つべきだと思いますよ。日本が世界に与えた技術革新、それが今はメーカーの名前となって水戸黄門の印籠のようになっています。私が日本人であるとわかると、車の話になったり、時計や電化製品の話になったり、世界中に散らばる日本製品の名前から、おもしろいほど話が広がります。これは私個人の努力の結果ではなく、日本の努力の結果。私は、海外で日本人であることの恩恵に随分とあずかっています。とてもありがたいです。

―最近の市場では韓国・中国製品が伸びていますが、海外での日本製品の印象に変化は感じませんか?

河村/まだまだ強いですよ。神格化されているといってもいいかもしれません。今、スマートフォンはiPhoneかサムソンが主流ですが、車、電化製品、時計の部類はまだまだ日本製品が強い。「日本製品=性能がいい高品質」という印象は消えていません。

―そうですか。日本国内にいるとネガティブな報道ばかりが目について自信をなくしがちですが、海外に暮らしている河村さんにそう言われて少しほっとしました。

河村/静岡人について言えば、海外でも暮らしている人種ですよ。海外暮らしにうまく適応できず帰国する人はたくさんいます。完璧主義の人や、神経質な人にはきついと思う。あ、静岡人が完璧主義ではなく無神経だと言うつもりはないのですが・・・いや、言ってるのかな?
わたしの周りでは、静岡の人と北海道の人で、こちらに残っている方が多いですね。北海道の人は厳しい気候の中で育っているので根性がある。静岡の人は温暖な気候の中で育っているので、厳しい物事が起こってもこたえていなかったり、あるいは気づいていなかったり。ほんわかしているので、癒し系としての役割もあるのかなと思います。

―静岡人と北海道人でタイプは違えど、海外暮らしの適応力があるというのは面白いですね。

河村/ドイツをはじめ海外で暮らし続けるために必要なのは、根性と、細かなことは気にしない大らかさ。とにかく、ズケズケとものを言われても気にしないことですね。

―私は静岡で女性向けフリーマガジン「womo」を発行していますので、ドイツの女性のことも気になります。ドイツと日本と、20代・30代の女性で違いを感じることはありますか?

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2006年に一時帰国した際には「womo」のインタビュー誌面に登場

河村/以前、ノイエナショナルギャラリーで、修復を勉強する女子研修生と2週間一緒に仕事をする機会がありました。仲良くなって、仕事の合間にお互いの将来のことを話したり。私はその頃、30歳前後だったかな。彼女は、23か24歳。彼氏がいて、いつかその彼と家庭を持って、その先に仕事はどうしたいとか、ものすごくクリアなビジョンを持っていましたね。対照的に、私はノープランで行き当たりばったり。もちろん、日本の女性で20代、30代でクリアなビジョンを持っている方も多いでしょうが、自分から積極的に語らない印象があります。聞けば話してくれるとは思いますが。でも、20代、30代の女性が抱える悩みは万国共通だと思いますよ。ただしドイツ人女性は、ファッションやおしゃれの話題は日本人女性よりも少ないかもしれないです。

|好きなドイツ語、「Mach's gut!(マックスグート)!」

―さて、ここからは一問一答でお答えください。
Q1 好きな映画は?


河村/キシェロフスキ監督の「デカローグ」。
高校時代まではハリウッド映画などをよく見ていたので、起承転結があるもの、ハッピーエンドのものが物語として成り立つと思っていました。大学に入学し、新宿や渋谷で友達と映画を観て歩く中に、キシェロフスキ監督の「トリコロール」がありました。明確な起承転結やハッピーエンドではなく、余韻が残る映画で、大きな衝撃を受けました。3本立てのこの映画について、友達と夜遅くまで話した思い出があります。キシェロフスキ監督の映画は「ふたりのベロニカ」も好きなのですが、やはり一番は「デカローグ」。もともとはテレビ用の作品で10話に分かれています。映画の中では事件や事故も起こるのですが、会話が少なめで、日常のことを淡々と映しつつ物語が静かに進行していきます。退屈だと思う人もいるかもしれませんが、「淡々とした日常こそが物語だ!」とわたしたちに声高に投げかけているように受けとめました。物語の内容はそれぞれ違っていて接点はないのですが、ある人物がすべての物語に違う役柄のちょい役で出ています。この人物がこの10話を繋げている所がおもしろい。また、エルミタージュ美術館を90分のワンカットで撮ったソクーロフ監督の「エルミタージュ幻想」も捨てがたいですね。

―Q2 ベルリンで好きな場所は?その理由は?

河村/Wittenberg Platzの市場です。自家製の野菜や惣菜、新鮮なネタをあつかう魚屋さんや肉屋さん、花屋さんなどのバラエティーある屋台が週に3日出ていて、活気のある様子が好きですね。

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Wittenberg Platzの市場の様子

―Q3 ドイツ(ベルリン)に来てよかったと思うことは?

河村/物事をはっきり言えること。

―Q4 反対に、うんざりすることは?

河村/相手が主張して、こちらもこちらなりに主張して、解決策が全然見えないとき。

―Q5 好きなドイツの言葉は?

河村/Mach's gut!(マッスト・グート!)
別れる時に言う言葉で、直訳すると「よくやれ!」ですが、「お元気で!」の意味で使います。直訳ではぶっきらぼうな印象ですが、実際には「自分もよくやるから、おまえもよくやれ」みたいな、心に届くような愛情が込められているんだなと思います。

―Q6 座右の銘はありますか?

河村/「勝って兜の緒を締めよ」。

―Q7 次に日本に帰国した時に行きたい場所は?

河村/沼津市の実家近くにある日枝(ひえ)神社です。

―Q8 暇な時は何をして過ごしますか?

河村/マーケットに行って料理をします。普段、仕事でもの作りに関わっていると終わりが見えない部分も多いんです。その分、気分転換には、終わりが見えることをして過ごすのがいい。それこそマーケットに出かけて買い物をして料理するとか。料理といっても、とうもろこしを茹でるとかキュウリを千切りにして酢の物にするとか簡単なものです。でも、暇な時間がないのが苦しいところ。

―Q9 ご自分の好きなところを挙げてください。

河村/物事を、正面から、そして斜めから見るところ。多角的に。ちょっと考えすぎちゃうのが悪いところですね。

―Q10 ドイツの次に住んでみたい国は?

河村/オランダ。この前行って、とても気に入りました。レンガ造りの家々がかわいらしくて! 清潔感があるだけでなく、デザインにもすごくこだわりがある。アムスの街は自転車ですいすいと走れるし、隣国にも電車で1~2時間で行けてしまうのもいい。それから、市街が整備されているし(もちろんお花も整備されて散りばめられていました)、欲しいものはいつでも手に入る感じ。特にアムスは貿易の街で、今も昔も栄えているのだと思います。ドイツからオランダに入る時には車や電車を使ったのですが、国境を超えるとすぐに、牛や馬、羊が群れていて、さすが酪農国だと思いました。動物がすぐちかくにいるとほのぼのしますね。人も陽気だったし。オランダのシンボルカラーはオレンジですが、元気なオレンジ色が本当に似合う国です。ただ、オランダ人は背が高いのなんのって。洗面所で手を洗って、さぁてと鏡を見たら、鏡が頭上にあった。巨人の国かと思いました。

|いま興味のあること、そしてこれからのこと

―河村さんが、いま関心を持っていることは何ですか?

河村/夢とか無意識とか、精神的成長を夢の中に見るとか、ですかね。

―無意識の世界ですか? 具体的に教えてください。

河村/普通の夢と、夢の原型みたいなものを見分けることは難しいですよね。なにせ寝ている中で起こっているので。夢の原型かどうかわからないですけれど、自分の無意識の世界を知りたくてヒプノセラピー(催眠療法)をやってみたことがあります。過去のできごとをさかのぼっていく退行療法というものです。自分の人生を振り返ると、重要な判断をすぐ場面で結果的にいつも厳しい環境を選んできた感じがしたので、自分の前世を知ることでカルマを知りたかったのです。
でも、前世は出てこなくて、インナーチャイルドというものがでてきました。自分の中にいる子ども、という意味だそうです。ヒプノセラピーの時に見たものを、時間を追って分析したり考えたりして繋げていくと現実が変わってくる・・・ということだったのですが、実際にそうでした。ヒプノセラピーで見るイメージは夢よりも強く、詳細まで残像として残っています。人によって、映像が出てくる人、声が出てくる人、文字が出てくる人などいろいろだそうです。自分を知るきっかけになるのでおすすめです。

―無意識の世界は誰もが気になるテーマでしょうね。でもわたしは弱虫なので遠慮しておきますよ。最後に、これからの計画や目標を教えてください。

河村/来年2013年3月には、南ドイツ・アルゴイ地方で山本昌男展がありますので、今はこの仕込み中です。イスニーという街の市の美術館(昔のお城)で個展を開こうと企画中です。また、版画家の久保舎己さんのドイツでの画集を編集中です。これも来年、日本の各所で個展が用意されているということなので、これらに間に合わせるべく制作しています。

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新作『浄 Shizuka』シリーズより「#3004 Hop」(c) 山本昌男 2012

現在は、代理人やコーディネーターとして一人のアーティストについたりレジデンス業について考えたりすることが中心ですが、自分から発信するメディアがあればいいなと思っています。ブログもその一つですが、人とお付き合いしてできるようなもの。私からドイツに関わる情報を発信するだけではなく、その中でまた違ったアーティストとのお付き合いに発展するような関係が作っていけたらと思います。プライベートでは身辺整理をしたいと思っています。普段、人様の調整はするのですが、なかなか自分の調整ができなくて。それから、健康でいたいですね。

―今回はありがとうございました。ドイツでのますますのご活躍を期待しています。
連載中の「どいつも、こいつも!?」も楽しみにしています。


河村/こちらこそ、いろいろと聞いてただきましてありがとうございました!

(第3回 アートコーディネーター・河村恵理さん 了)
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Posted by eしずおかコラム at 2012年10月22日12:00 | 14.河村恵理さん
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